瞑想とは何か?その②|私たちの恵まれた環境

瞑想は古くから先人たちによって、実践され、様々な技法が開発されてきました。
瞑想って、本当にロマンです。
壮大な積み上げられた情報空間を享受できる素晴らしい「行」(ぎょう)です。
私たちはとても恵まれた瞑想実践環境の中にいると思います。
代々伝わって来た技法を思う存分、享受できる環境。これは贅沢の極み。
歴史を遡れば、現在確認されている限りでは、パキスタンにある5千年ほど前のインダス文明、モヘンジョダロの遺跡から、瞑想を行っているような印が見つかっています。
昔から何かしらの瞑想に位置付けられるような行が、世界各地で行われ。精神探求が行われてきたことは間違いないようです。

私は基本的に宗教観を外した科学的なものであるという位置付けで、瞑想を伝えさせていただいています(宗教観を外したら瞑想とは言えないという主張と議論はとても有意義ですし、その主張はある見方からは受け入れます)。

しかし、やはり、各宗教体系において長年にわたり伝わって来た事実もあることから、宗教の変遷と瞑想の関係を見るのもとても面白いです。
日本では、瞑想という言葉は、英語の”meditation”の訳語として当てられたものであり、伝統的にその語が継承されてきたわけではありません。

日本に伝わる語としては、「定」「三昧」「静慮」「禅那」「瑜伽」「等持」などがあると言えます。

また、日本では、禅により、その恩恵が多分に広がっていると言えます。
ここ最近ではマインドフルネスによりまたその認知が加速しています。
また、マインドフルネスについては、おいおい書きたいと思います。
こうして多くの方の実践を受けて、伝えられて来たことによって、また、多くの先達の臨床経験の末にこうして、集約したものを受け継がせていただいている。
とても恵まれた環境の中にいるとも言えますね!

今日は「瞑想講師養成講座」なのですが、午前中もみんなで瞑想の可能性について議論し、しっかりと実践しました。
みなさんにこの素晴らしい瞑想を今日もこうしてお伝えし、共に深められること、本当に嬉しいです。

buddhist monk in meditation pose over black background

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