ゆっくりと丁寧に行くといい!

たわいもないことに聞こえるかもしれませんが、昨日起きた気づきを書きますね。
ボクにとっては、「体験」という意味で革命的なことでした。
また知ってたことだけど、それが智慧として深まったお話。

やっぱり自分が体験したことは、自分にとっての真実。
だから、鵜呑みにしないで、自分にとっての真実を掴むための参考程度に読んでくださいね。

昨日の夜、OHANAsmileでのクラスが終わってから、うちに帰ってギターを手に取りました。
何となく弾き始めたのですが、なんだか感触がしっくり来ない。
いつも弾いているようなフレーズがしっくりと流れていかない。

で、ボクは、「いや、自分はこんなのは簡単に弾けるはずだ」という気持ちが先行して、そこに起きている「流れるようにギターから音が出ていない」という現実を受け止められず、とにかく弾こうとしてました。
でも、やっぱり気持ちよくない。

そこで、昔、ボクの大好きなギタリストのひとりである、ヌーノ・ベッテンコートというアーティストが言ってたことを思い出しました。
「弾けない時は驚くほどゆっくり弾くのさ。そしたら、どんなものでも弾けるようになる。」

で、驚くほどゆっくりとやってみた。
そしたら、10分ほどして、変化が出てきた。
手がギターの指板に吸い付き、ギターと一体になったような心地よい感覚。
そして、これまでにないような伸びのいいトーンが出始めたのです。

そこで、また「はっ!」とした。
前に「丁寧に生きること」というようなタイトルのコラムを書いたおぼえがあるのだけど、本当にそのこと。

人生、何かうまくいかないと自分のマインドが判断すると、そこに焦りが生まれることがあると思います。
でも、焦るということは、自分の中で何かの理想像を創り、それとのギャップにあくせくしているだけ。
だけど、頭の中の理想にただただ引っ張られても、それは「ない」架空の階段を上って、その度に踏み外しているようなもの。
だから、うまくいかないんですね。だから、ボクの場合も気持ちいい音が出なかった。

こういうときはゆっくりと本当にそこにある現実を「体験」しながら、丁寧に進むこと。
それは、今の状態を観てし、理解することです。
問題解決のためにも、まず原因を突き止めることから、その解決方法を探っていきますよね。同じこと。

つまり、ある意味、現実を受け止めることから始まる。
起きていることをゆっくりと確実に体験し、知るすることから始める。

勇気のいることかもしれません。
でも、そこに鍵がある。

あるひとつの側面としてだけですが、瞑想もヨーガも何だかそのことを理解するために、しているともいえるでしょう。
ある意味、現代社会におけるヨーガの意義ってそんなところもあるのでしょう。

丁寧に生きることには他にもたくさんのメリットがありますね!

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